2009年01月20日
■ 衆議院議員・平沼赳夫先輩


今回の「いつも心に“部活道” ~先輩からのメッセージ~」は、運輸大臣(第70代)、通商産業大臣(第66代)、経済産業大臣(初代・第2代)など数々の要職を歴任した、衆議院議員・平沼赳夫先輩です。政治家として、人として、「信念」を重んじ日々活動している平沼赳夫先輩に、「部活」というキーワードで、お話を伺いました。
(取材・文/小山基彰 写真/むかいあお(高2))
1.平沼赳夫議員の“部活道”
編 : はじめまして。今日はよろしくおねがいいたします。
平沼先輩は中高生時代、アメリカンフットボール部で活躍していたそうですが。
平沼赳夫議員 : 私が中高生の時は、アメリカンフットボールではなくて、タッチフットボールだったんですよ。ブロックなどはあったんですが、タックルは無く、代わりに背中にタッチして、
「ターッチ!!」って言うんです。(笑)
その頃、東京にタッチフットボール部のある高校は7校位で、私の通っていた麻布高校と、聖学院高校が強かったんです。その他には、慶應高校や、戸山高校、新宿高校、足立高校、日大高校にタッチフットボール部がありました。
編 : なぜ、数ある部活の中で、タッチフットボール部に入ろうと思ったんですか?
平沼赳夫議員 : その当時の麻布高校にも、タッチフットボール部以外に、野球部やラグビー部、水泳部などいろいろとあったんですが、タッチフットボール部が一番強かったんです。私は、どうせなら強い部に入ろうと思っていたので、中学3年の時からタッチフットボール部に入部したんです。
編 : ポジションはどこだったんですか。
平沼赳夫議員 : レフトエンドです。パスも取るし、ブロックもするポジションです。
編 : その他のスポーツにも興味はありましたか?
平沼赳夫議員 : 中学1年の頃までは野球が大好きな少年でしたが、中学2年までは勉強を頑張っていました。それでも麻布中学には頭の良い生徒がたくさんいたので、それなら運動でもするかっていう事で、タッチフットボール部に入ったんですよ。(笑)
編 : その頃の平沼先輩は、どんな少年だったんでしょうか。彼女などはいたのでしょうか?(笑)
平沼赳夫議員 : 当時、麻布高校は霞町にあって、いくつかの女学校に囲まれていました。その中でも東洋英和女学院とは姉妹校だったので、彼女はいませんでしたが、通学の時などは、みんなでワイワイ楽しくお話していました。ですから高校生になってからはタッチフットボールの試合の時には応援に来てくれました。
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