2009年06月15日
∟ “ 何苦楚 ” という言葉


5.“ 何苦楚 ” という言葉
編 : “ 何苦楚 ” という言葉は、日本人メジャーリーガーが中西先輩からいただいた言葉として有名になりましたが、どのようなことがきっかけで、使うようになったのでしょうか。
中西太先輩 : (義理のお父様の三原脩監督の直筆を拝見しながら・・・)
今でこそ、プロ野球やメジャーリーグで大金を稼ぐという時代になりましたが、当時はとにかく日々置かれた状況の中で一生懸命頑張るということで精一杯でしたから、そんな中からそのような言葉が生まれたのだと思います。何事も苦しみが楚(いしずえ)になるという、とても大切な意味がこの言葉にはあるんです。
6.中高生へのメッセージ
編 : 最後に部活を頑張っている後輩達にメッセージをお願いします。
中西太先輩 : 今の時代は色々選択肢も増えて間口も広がっていますが、自分に合っているかどうかなど余計な事は気にしないで、親や先生の教えに素直に耳を傾けて努力してください。そして自分の実力や、運命、人間性によって、その先でも、また新たに自分の努力に手助けしてくれる人が必ず現れます。人間は、一生一人では何も出来ないんですよ。
編 : その通りですね。素直に聞く耳を持たない子には、いつか誰も指導してくれなくなってしまいますもんね。
中西太先輩 : 昔、母から、「 人様に迷惑かけるな!! 」 と口うるさく言われましたが、自分からすると迷惑をかけているつもりでなくても、知らず知らずどこかで迷惑をかけることもあると思いますので、自分のわがままを押し通すだけでなく、我慢するところは我慢して、そんな中で “ 何苦楚 ” というような気持ちを持って、日々成長してもらいたいと思います。私もこれからは、自分の経験や監督からいただいた言葉などを、後輩に伝えていくことが使命かなと思っています。
編 : ありがとうございました。
~ インタビューの後に ~
取材後、中西先輩の数々の伝説や、往年の名選手や、現在監督、選手として活躍している方々の話を沢山聞かせていただきました。そして贅沢にも、バッティング教室を中庭でしていただきました。本当に、ありがとうございました。
●2009年5月 ご自宅にて
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■ 中西太(なかにし ふとし) プロフィール
1933年4月11日生まれ ・ 香川県高松市出身。
高松第一高等学校卒業。52年、西鉄ライオンズに入団、同年、新人王を獲得。首位打者2回、本塁打王5回、打点王3回、56年にはMVPも獲得する。またベストナインにも通算7度選出されている。62年、西鉄ライオンズ監督に選手兼任で就任、63年、リーグ優勝を果たす。69年、現役を引退し監督も退任。その後、ヤクルト、日本ハム、阪神、近鉄、巨人、ロッテ、オリックスで、監督、代理監督、コーチを務めた。99年に野球殿堂入り。

タイトル 『 西鉄ライオンズ 最強の哲学 』
出版社 ベースボール・マガジン社
○ 監督は、技術・精神を調整するエンジニア
○ 「魔術師」は人間通だった
○ 合理的思考を好みつつも、直情径行
○ 勝負は実力5、運3、調子2
○ 自分の力量に相応した成果に向かって最善の努力
○ 花は咲きどき、咲かせどき







