2008年06月20日

■ 株式会社マザーハウス 代表取締役・山口絵理子先輩

株式会社マザーハウス 代表取締役・山口絵理子先輩

株式会社マザーハウス 代表取締役・山口絵理子先輩

今回の「いつも心に“部活道” ~先輩からのメッセージ~」は、株式会社マザーハウス 代表取締役・山口絵理子さんです。自分の心の声に、とても正直に向き合っている彼女の生き方を知れば知るほど、自分も、もっともっと自分に正直に生きていかなければいけないと気持ちに渇が入る。
人生は一度きりだし、どのように生きるかも自分次第だ。もちろん、どのような生き方をしようとも人それぞれ自由だし、自分がそれで良しと思える生き方が出来ればそれでいい。
自身の生き方を通じて、色々な人にメッセージと元気を送っている山口絵理子さん。見た目と中身を比べたとき、別人なのではないか? と疑ってしまいたくなるような26才の彼女のお話をどうぞ!

山口絵理子さんの“部活道”


編 : 山口さんが柔道部員だった頃のお話と、柔道をはじめるきっかけを聞かせて下さい。

山口絵理子さん : 小1の時にイジメにあっていて、秋学期から数年間学校に行く事が出来なくなってしまいました。そしてその反動で自分がもっと強くなりたいと思って、中1の時にちょっと非行にはしりました。(笑) まぁ、非行と言っても軽いものですけど・・・(笑)

編 : 東京育ちの私にとって、埼玉の不良って、怖いイメージがありますけど・・・(笑)

株式会社マザーハウス 代表取締役・山口絵理子先輩
山口絵理子さん : そうですね。(笑) 色々な人にご迷惑をかけました。でも、もっともっとケンカが強くなりたいと思って、中2の時に柔道部をちらっと覗いたんです。その時練習を見ていて、なんで「投げられないのかな?」とか「簡単そうだな」とかって思ったんですよ。それで、ちょっとやってみようと入部しました。

編 : 高校からではなくて、中学から柔道部だったんですね。

山口絵理子さん : そうですよ。髪も染めていたし、タバコも吸っていたしと色々あったんですが、柔道の試合に出るために交わした監督との約束があったんです。 「タバコは吸わない」「お酒は飲まない」「茶髪にしない」「バイクに乗らない」「公共物を壊さない」「パチンコ屋に行かない」など30個以上の約束がありました。そういう作業を通じて更生して、中3の時に県で1番になったんです。でも全国ではベスト16だったので、悔しいな…と思って高校でも柔道を続けようと思ったんです。

編 : でも工業高校って男子校みたいですよね。もっと他に道はあったような気がするのですが。

山口絵理子さん : 埼玉で女子柔道が一番強い学校は埼玉栄高校で、全階級(7階級)制覇を何年もしていて、監督さんにも気に入ってもらっていたんですけど、英才教育を受けて強くなって勝ったとしても嬉しくないな…って思ったんです。
やっぱり自分の力で勝ちたいって思って、どうしたらいいかって考えたときに、男子と練習しよう!!! って思ったんです。で、男子はどこが強いかっていったら、大宮工業高校だったんです。
でも女子柔道部が無かったんで、中3の時に監督に女子柔道部を作りたいと交渉しに行ったんです。で、何度か交渉して、結果を出すんだったらと許可をもらったんです。(笑)

編 : 女子柔道部を作ったんですか…

山口絵理子さん : はい。一人でしたけど。(笑)

編 : そのバイタリティーやエネルギーはいつ頃から、自分にはあるなって感じましたか?

株式会社マザーハウス 代表取締役・山口絵理子先輩
山口絵理子さん : 不良やっている時はあるなって思っていましたけど、でもエネルギーは多いなって思ってはいなかったです。ただ、「悔しいな!」とか「嬉しいな!」とか、感情の起伏は激しいですね。

編 : 高3で柔道を引退して大学受験まで間もなかったと思うのですが…



山口絵理子さん : まず大学受験ってなんだかわからなかったんです。工業高校だったので、社会とか理科とか主要五科目が授業では無いんです。製図を書いていたりとか溶接したりとかしてたんです。(笑) だから競争できないと思っていたので、2科目とか1科目で受験できる大学を選ぼうと思ったら、慶応大学が英語で受験できたので、それを目指してたんです。でもその前に推薦入試で合格したんです。

編 : でもなんで、慶応大学・総合政策学部に入ろうと思ったんですか? やりたい事がその学部にあったんですか?

山口絵理子さん : いいえ、まったくありません。名前も響きもいいなって、感覚です! (笑) 中学でも高校でも24時間柔道一筋で学問はやってこなかったので、ただ勉強したいという一心です。

編 : 自分の可能性はもっと他にもあるって思ったんですね。

山口絵理子さん : そうですね。やっぱり柔道だけでは終わりたくありませんでした。オリンピックに行けるほど実力は無いと思ったし、周りの友人が警察官や消防士になったりしていくなかで、それは本当に自分の可能性を引き出しているのかなって思ったりしていたんです。

●次のページは、「国体2連覇!?」


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