2008年09月15日
∟ 手島雄介選手のターニングポイント

4. 手島雄介選手のターニングポイント
編 : ちなみにプライベートチームは年間どのくらいの予算で動いているのですか。
手島雄介選手 : 2億~3億の運営費がかかるそうです。
編 : 手島選手はいつお会いしても明るいですよね。
手島雄介選手 : 好きな事をやっているので、つらい事はないです。あるとすれば、こんなにやっているのに何で結果が出ないんだろうという時です。
編 : そんな時期があったんですか。
手島雄介選手 : ありました。HONDAに移る前の16才~21才までYAMAHAでお世話になっていたのですが、いくらやっても勝てなかったんです。そんな悩んでいる時、HONDAのプライベートチームの藤井監督が、うちに来て走らないかと声をかけてくれたんです。でも僕はYAMAHAでやり残した事があるので、もう一年YAMAHAで走りますって言ったんです。でも結局結果を出せず悩んでいたら、また藤井監督にサーキットで言われたんです。 「自分の人生は自分で決めろ。おまえは何のためにレースをやっているんだ、勝つためじゃないのか。勝つためには変な意地は捨てろ」って。そして翌日に監督に電話して、入れて下さいって言ったんです。これが僕のターニングポイントです。
編 : YAMAHAからHONDAに移って結果が出るようになった理由は何ですか。
手島雄介選手 : レースはバイクとライダーの相性が大事なんです。惜しくも1ポイント差だったんですが、移籍して1年目で全日本ランキング2位になったんです。本当はチャンピオンになったらステップアップさせてくれるという約束だったんですが、監督やチームの方が、頑張ったと言ってくれて、600からJSB(1000)にステップアップさせてくれました。
編 : JSB(1000)の上もあるんですか。
手島雄介選手 : JSB(1000)が全日本の最高峰です。この上というのはヨーロッパのチームに入って、世界スーパーバイク選手権でレースを戦うというのがあります。さらにその上には、MoToGPと言われるバイクのF1みたいなクラスがあります。という事で、まだ2ステップあるんです。
編 : 昨年の事故の事についてお伺いしたいのですが。
手島雄介選手 : 300キロで走っているときに、ブレーキが利かなくなっている事に気がついて、壁まで5メートルのところでバイクから飛び降りたんです。痛いのは一瞬だったんですが、腰をぶつけたのがわかったんで、まず確認したのが足の指を動かしたんです。そうしたら足の指は10本全部動いたので、神経は大丈夫だ良かったって。しかし直後に左足にシビレを感じたんです。(笑) これはまずいぞ…と思って、救急隊員に腰をやってるから動かさないように伝えたんです。でもそのサーキットが岡山の山奥だったので、救急車が来るまでに1時間かかって、救急車で病院まで行くのに1時間半かかったんです。なのでトータルで3時間くらい激痛に耐えながらうつ伏せでいたんです。 それから約1ヶ月半寝たきりの入院生活を送り、さらに2ヶ月リハビリです。そして退院後すぐにファン感謝デーがあって、そこでバイクに乗ったときは、心から嬉しかったです。またバイクに乗れるんだって。入院したばかりの時は横しか向けないからコンビニのおにぎりを食べるしかなくて、すごく悔しかったんですけど、また身体が動くようになったときは感謝しかなかったです。
編 : 最後に中高生へのメッセージをお願いします。
手島雄介選手 : 好きな事をやってほしいです。そしてその好きな事を一生懸命やって、自分の決めた目標を達成してほしいです。そういう事ができれば、将来もコツコツと小さい事が積上げられる人間になれると思いますからね。
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■ 手島雄介(てじま ゆうすけ)
所属 H.R.C
誕生日 1983/1/26
出身 埼玉県
‘02年 全日本デビュー 優勝を含む活躍でランキング4位を獲得。
‘05年 チャンピオンチームTSRに移籍。 ST600に参戦。シーズン2勝を挙げ、総合2位を獲得。
‘06年 JSB1000クラスへステップアップ。 ランキング12位で新人賞獲得。
‘07年 H.R.C ワークスライダーとしてJSB1000クラスに参戦し、チャンピオンを目指す。
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