ターニングポイント

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2010年02月01日

■ 第弐十七話 岡田卓也選手 [ バスケットボール/SAN FRANCISCO RUMBLE(ABA) ]

アメリカプロバスケットーボールリーグABA・SAN FRANCISCO RUMBLE/岡田卓也選手のターニングポイント


アメリカプロバスケットーボールリーグABA・SAN FRANCISCO RUMBLE/岡田卓也選手のターニングポイント

 今回のターニングポイントは、プロバスケットボールリーグ・ABA 「SAN FRANCISCO RUMBLE」でポイントガードとして活躍する、岡田卓也選手です。
2004年にABAのコートに立って以来、アメリカに挑戦し続ける岡田選手。シーズンオフにはGYMRATSとして日本の中高生にバスケットボールクリニックを開催するなど、選手としてだけで無く幅広い活動を行っている。
今回もHERO INTERVIEW では、岡田卓也選手に、自身の中高生時代のエピソードと、現在の中高生に向けてメッセージを頂いてきました。
(写真提供/岡田卓也 コーディネート/日高正明 取材・文/小山基彰)

1. バスケ部をはじめたきっかけ


編 : プロバスケットボールリーグ・ABA 「SAN FRANCISCO RUMBLE」で活躍する、岡田卓也選手ですが、中高生時代は何部でしたか。
岡田卓也選手 : バスケ部です。

編 : 数多くある部活のなかで、バスケ部を選んだきっかけは何だったんでしょうか。
岡田卓也選手 : 最初にバスケを始めたきっかけは、母がバスケをやっていて、僕が小学校4年生の時だったんですけど、隣の小学校にバスケットボールクラブが出来るからやってみたらと言われた事だったんです。なのでそれからは中学でも高校でもずっとバスケ部に所属して活動していたという感じです。

編 : 一番印象に残っている部活の思い出は何ですか。
岡田卓也選手 : 僕が所属していた高校のバスケ部は昔インターハイにも出場したことのある名門バスケ部で、当時は弱かったのですが、名門だった頃に活躍していたOBの方がコーチ(監督)として僕たちを指導してくれて、団体競技であるバスケットボールの楽しさを教えてくださいました。僕にとっては、その楽しかった部活の日々が一番の思い出です。それがあったから今までずっと続けてこられたのだと思っています。

編 : 楽しさの中には厳しさもあったんですか。
岡田卓也選手 : 親より思いきり殴られた事もありましたよ。でもそれには愛が感じられて、バスケが好きな自分に対して親のように接してくれたのが嬉しかったし、それがあったから厳しくても頑張れたのだと思います。

編 : どんな分野でも、良い指導者との出会いは貴重ですよね。
岡田卓也選手 : 小学校時代に所属したチームは結構強かったんですが、中学では顧問にも恵まれずバスケ部も弱くて、他の小学校の友達の方がどんどんバスケが上手になっていくし、自分ももっとバスケが上手くなりたいと思っていたので、バスケの基礎から応用まで全てを教えてくれた高校時代は厳しくもあったんですが、とても充実していて楽しかったです。

編 : 中高生の頃、部活以外ではどんな少年でしたか。勉強は出来たかとか、友達関係とか、恋愛とか(笑)。
岡田卓也選手 : バスケだけでした(笑)。部活以外の時間も家の前でバスケをしていたし、バスケ以外はまったく興味が無かったですね。

編 : でも大学は日体大に行かれたわけですから、多少は勉強したんですよね(笑)。
岡田卓也選手 : 通っていた高校が日大の附属高校だったので、そのまま進学してバスケ部に入る予定だったんです。でも、「入れてあげるけどマネージャーだよ」といわれたので、それは嫌だなと思って、プレイヤーとして活動できる大学に進学しようと日体大を受験したので、それなりには勉強していました。

編 : プレイヤーとしてバスケをしたいのに、マネージャーは嫌ですよね…
岡田卓也選手 : そうですね。その頃は今でもバスケを続けているとは思っていなかったので、将来は体育の先生になりたいと思って日体大を受験したんです。

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