2007年10月05日
■ 第伍話(1) 金原正浩選手 [ アメリカンフットボール/東京ガス・クリエイターズ ]

今回のターニングポイントは、マンガ、「アイシールド21」で人気急上昇中の、アメリカンフットボールです。本場アメリカでは、4大スポーツと呼ばれ、ベースボール、バスケットボール、アイスホッケーなどと共に、国民に大人気のウインタースポーツです。
そして今回、ターニングポイントでインタビューをさせていただいたのは、アメリカンフットボールXリーグ・東京ガス クリエイタ-ズ キャプテンバイス 金原正浩選手です。負けず嫌いな気持ちで、部活にあけくれた高校時代を振り返ってもらいました。
(取材・文・写真/小山基彰) ※ 試合中の写真は、金原選手の提供です。
1. バスケ部からアメフト部へ(中高時代の金原少年)
編 : 現在も、Xリーグで大活躍されている金原正浩選手ですが、中学校の時はバスケ部だったとお聞きしたんですが、なぜ高校からアメリカンフットボール(以下 アメフト)をやろうと、興味をもたれたのでしょうか。
金原正浩選手 : きっかけは周りの友達の影響です。 中学の時、仲の良かった友人がみんなアメフト部に入るって言うんで、僕もそれにつられて入ったんです。 ほんとはラグビー部に入るつもりだったんです。 うちの学校は中高一貫教育だったので、中3でバスケ部を引退した後、ラグビー部の練習に参加していたんですよ。
編 : なんでアメフトではなくラグビーだったんですか?
金原正浩選手 : 親父がその高校のアメフト部のOBだったんで、そこに入部するのが嫌だったんだと思います。 年頃ですからね。(笑) だけどみんながアメフト部に入るっていうんで、やっぱり部活は仲の良い友達と一緒にやりたいなって思ったんです。 それに、ラグビー部よりアメフト部の方が強そうだなって事も多少ありました。
編 : アメフトって見た目がかっこいいじゃないですか。 そんな事は理由にはならなかったんですか?
金原正浩選手 : 見た目とかはあまり関係なかったですね。 ラグビーとかアメフトとかそういったスポーツをやりたかったんです。
編 : 高校に入ってバスケを続けなかったのには何か理由があるんですか。
金原正浩選手 : バスケ部は強くなかったし、人間関係(上下関係)もあまりよくなく、そんなんだから試合でも勝てなくて、バスケに対してあまり良いイメージがもてなかったんですよ。 僕は試合で勝ちたかったんですよね。
けっこうその当時は負けず嫌いだったんです。 今は少し落ち着いたんですけど。(笑)
おれが、負けるとカーッとなってしまうそんな性格を知っててからかうやつがいて、よく切れてましたね。
普段はそういう部分を出さないようにしているんだけど、わざとからかうやつがいるんだよね。クラスとかで。(笑)
それはさておき、そんな事もあり、公式戦で一勝も出来なかったバスケ部にはあまり魅力を感じなかったんだと思います。
編 : 面白いですね。負けず嫌いな感じが想像できますね。 中学の時のバスケ部の話をもう少し聞かせてほしいんですけど・・・
金原正浩選手 : 中学のバスケ部の僕の同期には、学校内でそれなりに運動神経の良いやつの集まりだったんですよ。 だけど、練習方法とかまったく知らなかったし、指導者もいなかったんで、非常に恵まれていなかったですね。 だから何もわからずただ練習をしてただけって感じでした。 だから全然勝てなかったんですよ。 ただ、練習試合で一度だけ勝ったときが、とても嬉しくて、その時の勝った喜びをもう一度味わいたいというのがあったんだと思います。
編 : アメフト部に入る前も入った後も、勝ちたいという気持ちが一番だったんですか。
金原正浩選手 : 高校のアメフト部での3年間は、とても良い指導者に恵まれて、勝つ喜びを味わうことができてとても嬉しかったですね。 やっぱり仲の良い友達と一緒に頑張って、試合で勝つ。 それが何にも代えがたい喜びでした。
練習はとてもつらかったですけどね。 勝つことの喜びを教えていただきました。
編 : その頃の友人とは今も仲良しですか。
金原正浩選手 : 今でもとても仲良しですよ! 会えない時間がしばらくあっても、たまに会っても普通にしゃべれるし、やっぱり一緒に頑張った友達ですからね。 ほんとにあの頃はがんばったんですよ。みんなで。 だけど、中にはもう亡くなってしまった同級生もいて、かなうなら、もう一度あのメンツでプレーをしてみたいです。
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